Sunday, April 21, 2013

MOOCの賛否両論

最近MOOCはどんどん討論されているものになってきた。MOOCとは英語の「Massive Open Online Course」の略語で、ウェブ上で無料で誰でも取られるビデオ講演ということだ。なぜ討論されているかというと、アメリカの一流大学の教授の授業を放送 しているいくつかのMOOC会社(Coursera Udacity edX、など)は伝統的な大学に挑戦するようからだ。どのようにMOOCが教育に影響を与えるか考えられている。

 MOOCをサポートする人々にとっては誰でもとられるMOOCは貧民が生活を改善する手段のようだ。言うまでもなく、一流大学の学費も法外に高くなってきた。実は、お金持ちの子供以外な若者がに公立大学にも入ることが難しいほど学費が高い。だから、MOOCをサポートする人々によるとMOOCは現代の公平への一歩だそうだ。

しかし、MOOCを非難する人々もいる。主な文句は子供が何か習うために上手な教授と会話しなければならないことだ。MOOCは便利だけど、授業のようではなく、「ビデオ教科書」のようなものだ。非難する人々によると生徒が教授なし一人で教科書を使って、簡単に習得できると言えない同じように、MOOCしか使わなくて習得できると言えないようだ。

僕は賛否両論を考えている。一方はアメリカの大学の学費は深刻な不公平だと思う。お金持ちしか大学に入学できなかったら、なんと言っても、大学のシステムを改善しなくてはいけない。しかし、もう一方では、教育システムの目標は子供達の形成だったら、MOOCがそうできるか疑問を感じる。子供に情報を知らせるために、ビデオが役に立つけど、子供にスキルや考え方を教えるために、習熟の人とのやり取りの代わりがないと思う。

今からMOOCは大学の一部になっていくだろう。なぜなら、大学の会長にとってはMOOCを発展するのは教授を雇うより安いようからだ。しかし、僕は緊張している。お金持ちの親達は子供をMOOCをよく使われている大学に行かせてあげないかもしれない。本当の教育はやり取りがないビデオの元にされていないとよく分かっているからだ。だから、お金持ちの子供には上手な教授と一緒に学ぶ機会が残る。しかし、貧民の子供の場合は、MOOCの元にされている二流の教育を受けることに限られるかすごく悩んでいる。

Wednesday, April 10, 2013

プレジーができた!

皆さん、よかったら私の教科書問題についてのプレジーをご覧ください。詳しくはこちらへ:

http://prezi.com/7cvauht73jtu/presentation/?kw=view-7cvauht73jtu&rc=ref-36965175

よろしくお願いします!

Wednesday, March 27, 2013

裁判員制度


裁判員制度」についてよく読んで、考えたことがまだないのでどう思うかどうか分からないけれど、このブログポストを書くため、反対の人として、賛成の人を説得しようとする。

記事に書いた通り、 市民の良識を司法に反映させようとスタートした裁判制度は前の制度よりもっと民主的のようだ。なぜなら、プロの裁判官だけではなく、社会の中でのさまざまな立場や知識を持つ一般な人々が裁判することによって、さまざまな立場や知識を持つ一般な被告をもっと公正に裁判できるからだ。死刑言い渡す場合、一般な人の裁判員がそういう経験がないかもしれなくて、緊張するので、明らかにとてもひどい犯罪をやった被告しか死刑にならない。

しかし、裁判員制度は本当にもっと民主的なのか。3人のプロの裁判官と6人の裁判員が審理の半切を考える時、皆の裁判員の意見を等しく評価されているか。よくわからないけれど、そんな場合は、プロの意見を偏重されがちがあるかもしれない。それに、先輩と後輩の関係を大切にしている日本の社会には一般の人の裁判員がプロの裁判官の意見を否定するのが特に難しいだろう。それで、市民の良識を司法に反映させようとスタートした裁判制度は結局、専門家の視点を偏重し過ぎて、独裁的な裁判が行われてしまうだろうか。

Sunday, March 24, 2013

どうして日本語を勉強している?

最近、他の大学院生の友達にどうして日本語を勉強しているように聞かれた。彼が分からないところは僕がヨーロッパの歴史を専門しているので、日本語の勉強はそういう研究に貢献しないことだ。不必要な勉強を重ねるともう目が回るほど忙しい大学院生の生活がけっこう大変だろうと言った。友達は日本語が面白くないと思うわけけではない。しかし、彼にとっては専門とはっきり関係していない勉強は不必要な勉強だそうだ。

実は、僕が日本語を勉強している理由はいくつある。一つは研究のことに関係する。日本の歴史の中で色々な面白いことがあるのだけど、江戸時代の「蘭学」という現象が特に面白いと思う。錯覚時代でも「蘭学」を学ぶことによって、日本人が西洋の知識が分かるようになった。面白いと思うのは学者が昔の西洋人の知っていたアジアのことをよく研究しているけど、昔のアジア人の知っていた西洋のことを研究している学者が少ないようだ。なぜなら、重要なラテン語と日本語とオランダ語が全部よく分かる人少ないようだからだ。でも、ラテン語と日本語を勉強している僕は蘭学を学んだ昔の日本人をだんだん研究できるようになるだろう。友達はやっぱりこの日本語を勉強している理由がいいと思った。

しかし、 専門とはっきり関係していない勉強は本当に不必要なのか。僕はそういうことではないと思う。将来蘭学を研究できるようになるかどうか分からない。(蘭学の文書はたいてい分かりにくい漢文で書いてある。)でも、今でも、大変なことあっても日本語を勉強していることによって、生活がよくなる。どうしてかというと、色々な理由ある。一つは日本で住んだ時を覚えるため。ベッキーさん、メアリーさん、朴先生がよく通り、外国で住むのが変形させる(transformative)経験だ。僕の人生の中で、一番自分の成長が進んだ時は日本で住んだ時かなと思う。だから、その経験を守る一つの手段は日本語の勉強だ。

でも、それだけではない。日本語を勉強しているのは過去を覚えるだけではない。実は、成長しつづけたいため、日本語を勉強しているのだ。僕の友達が頭がいい人だと思うけど、このトピックについて彼と賛成していない。もっと賢くなるために、自分の専門や仕事とはっきり関係ある興味が不必要というわけではなく、逆に本当に必要だと思う。専門や仕事しか考えないと立場が狭くなってしまって、人生の色々な味を味わうことができない。それも、教師や教授の場合は勉強していることは狭すぎると自分が好きなトピックについて話す相手は少ない。研究者は多くの人々に研究したことをあげる者だろうか。だから、多くの人々と話すために、幅広い興味を養うというのは絶対に必要だと思う。

 しかし、言うまでもなく、何よりも日本語を勉強しているのはコロンビアで日本語の勉強がとっても楽しいからだ!^_^

教科書問題(下書き)



2005年新しい歴史教科書をつくる会という右派の団体は中学生対象の「新しい歴史教科書」を出版した。会員達によると従来の日本の歴史教科書が大東亜戦争の時の日本の軍国主義や帝国主義を非難したり暴力や虐待を強調したりするようで、「自虐史観」の影響を与えてきたと主張した。それで、会員は「日本に誇りがもてる」[1] ということを目的として、 日本の歴史を書き直した。 例えば、従来の教科書の慣例を軽視して、悪名高い「南京大虐殺」には「南京事件」という名前をつけてある。こういう変更することによって、「新しい歴史教科書」は帝国主義の美点を提出して、肯定するものだ。日本の文部科学書は新しい歴史教科書を一つの検定教科書として採択した後、近隣の中国と韓国で物議をかもした。2005年中国には破壊をともなう暴力に発展したほど 反日行動が特に強かった。突然日本の検定歴史教科書は外交関係の元にされたことの一部になってきた。
しかし、新しい歴史教科書を採択している学校は全国で1パーセントにも満たないと言われて いる。一般的な日本の歴史教科書は新しい歴史教科書をつくる会のような過激な立場から過去を解釈していない。だが、歴史教科書のきっかけ物議をかもしたから、いくつかの学者達は様々な国々の教科書にはどんなバイアスがあるか調べはじめた。二人は、スタンフォード大学のダニエルスナイダーと申基旭(Gi-Wook Shin)だ。彼らが発展した「分断された記憶:歴史教科書とアジアの戦争」というプロジェクトは、日本、中国、韓国、台湾、米国の歴史教科書を徹底比較することによって、日本の教科書では他の国より史実を歪曲されているか確認することにより、どのように教科書に記した戦争の記憶が外交政策に影響を与えることを暴くプロジェクトだ。研究した国々の採択された教科書を調査したから、日本の場合、「新しい歴史教科書」を検討しなかった。
スナイダーとシーンの研究したことから、いくつのことが明らかに考えられる。最初は日本の歴史教科書は過去の事件を鮮やかにあまり解説しないし解釈より史実の目録を偏重するので他の国の歴史教科書より日本のがつまらないと言える。なぜなら、史実の理解だけを評価するセンター試験に対応するため歴史教科書が出版されるからだとスナイダーとシーンが考えている。その上、ある国の歴史教科書はその国の歴史を偏重するあまり、戦争について総合的な立場ができなくなってしまった。例えば、韓国ではよく使われている教科書は日本の植民地統治と韓国人の抵抗運動を偏重するので、 真珠湾攻撃や広島、長崎への原爆投下といった韓国と直接関係がないことについて何も書いていない。同じように、よく使われている米国の歴史教科書には大東亜戦争は真珠湾後の事件から記述しはじめるので、その教科書を読んでいるアメリカ人の学生は日中戦争のことが全然分からない。中国の場合、政府が歴史教科書を出版するので、共産党の抵抗運動を偏重しすぎ、国民党との内戦や国民党が抵抗運動に貢献したことを無視する。
ところで、第二次世界大戦は、全世界的規模の戦争だからといって、暴力、虐待、戦火がひどかったところはアジアとは限らない。ドイツ軍が近隣の国々へ侵攻したことが第二次世界大戦の始まりとされている。 しかし、歴史教科書問題といえば、東アジアの中国、日本、韓国しか思い浮かべない。どうしてだろうか。
2006年 「イストワー/ゲシヒテ」[2]という歴史教科書が出版された。この教科書は、長い間お互いに敵として扱っていたフランスとドイツの学者達と教師達が努力して書いたものだった。作成の過程は難しいところあったけれども、作成しているフランス人とドイツ人の中で一番異論の多い話題は第二次戦争ではなく、戦争後のアメリカの外交政策であったようだ。[3]出版された「イストワー/ゲシヒテ」は様々なフランスの学校もドイツの学校も抱かれて、採択されてきた。言うまでもなく、「イストワー/ゲシヒテ」が非難されていないものだというわけではない。例えば、ドイツには「イストワー/ゲシヒテ」が写真、引用、など偏重して、簡単すぎると思っている人がいる。しかし、歴史教科書が外交政策の問題とされている東アジアに比べると、西ヨーロッパには歴史教科書が和解の一部とされているようだ。
実は、「イストワー/ゲシヒテ」はこのような歴史教科書の始まりではない。1997年昔からずっと宗教的な争いバルカン半島で共同歴史教科書のプロジェクトが始まった。[4]この「The Joint History Projectというのは東南ヨーロッパの学者達や教師達を集めて、皆が使われる教科書を作成することによって、友好を促進することを目指す試みだ。ギリシャのペレポネス大学の教授と「The Joint History Projectの編者のクリスティーナコウロウリは「私たちは、歴史の教え方を変えたいのはバルカンの将来が心配だから。そして、もっといい歴史の教え方によって相互理解を促進することができると思う」と言った。[5]
イスラエルとパレスチナにも共同歴史教科書のプロジェクトがあった。Peace Research Institute in the Middle Eastという団体は2009年「お互いの歴史的な物語を学ぶ」を出版した。「イストワー/ゲシヒテ」と違う点が多い。イスラエルとパレスチナの歴史についての総意を作るのが無理だそうだから、ある「お互いの歴史的な物語を学ぶ」のページには三つの列ある。左ではイスラエル人の学者の立場からある歴史的な事件を記述されている。右ではパレスチナ人の学者の立場から事件を記述されている。中にはブランクで、生徒が自分の分析や感想が書けるスペース。残念なことに、いつも同意しないイスラエルとパレスチナの政府は一つのことについて完成しているようだ。2010年、両方の文部書に「お互いの歴史的な物語を学ぶ」を学校で使うのが禁止された。[6]
東アジアでも共同教科書のプロジェクトがあったことを知っているのか。2005年、中国、韓国、日本からの学者達が作成した「未来を開く歴史ー日本・中国・韓国ー共同編集東アジア3国の近現代史」が出版された。[7]本当の教科書ではなく、国立的な教科書の弱点を改善するための副教材のようなものだ。例えば、従軍慰安婦のことについてあまり記述していない日本の歴史教科書を読む日本人の生徒は、「未来を開く歴史」を読むことによって、慰安婦の経験が分かるようになる。同じように、原爆投下について全然記述していない韓国の教科書を読む韓国人の生徒には、恐ろしい原爆のことが知らせるようだ。[8]異なる情報がある場合、それぞれの立場から情報を提示されている。例えば、南京虐殺で死んだ犠牲者数は南京軍事法廷と東京裁判によって、主張された数が違う。だから、「未来を開く歴史」に両方が提示されている。
しかし、「お互いの歴史的な物語を学ぶ」と同じように、「未来をひらく歴史」について否定的評価のある人々が多い。例えば、「未来をひらく歴史」にはヨーロッパ、米国、日本の帝国主義を非難されているけれども、戦後のことについてあまり書かれていないので、中国の帝国主義の記述が少ない。(チベット問題、など。)もちろん、反日の内容が多く含まれていると思う右派の日本人が多い。結局は何の国でも「未来をひらく歴史」を採用している学校は少ない。
ヨーロッパ、バルカン半島、イスラエルとパレスチナ、東アジアでも歴史教科書問題の解決を目指す共同作成教科書の賛否両論が考えられている。どのぐらい共同作成教科書が採択されるのかはところによって違う。しかし、どこでも歴史教科書の歪曲の原因は何よりも愛国主義にほかならないのではあるまいか。他の国の事情を軽視して、母国の事情を強調する教科書によって相互理解できないほど狭い考え方を養ってしまう。 だから、教科書問題を解決するために、相手の立場を理解するほかはない。お互いの意見と賛成しなくてもいいけれども、お互いの意見をよく聞いて、その意見の論理を理解しなくてはいけない。 共同作成教科書は総合的な成功でも総合的な失敗でもなく、フランスとドイツの場合のように和解への一歩だ。愛国主義が強い中国、韓国、日本、米国、イスラエル、パレスチナで、少なくとも「お互いの歴史的な物語を学ぶ」のようにそれぞれの解釈を提示する教科書を採択するべきではないだろうか。そうしなければならないのは、友好を促進するためだからだけでない。その上、外交政策は国民の貧しい意識の元にされると危ないからだ。


[1] http://www.tsukurukai.com/
[2] 「イストワー」とはフランス語で「歴史」という意味だ。同じように、「ゲシヒテ」とはドイツ語で「歴史」という意味だ。
[3] http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4972922.stm
[4] http://www.csmonitor.com/2007/0314/p01s02-woeu.html
[5] "We want to change history teaching because we are concerned about the joint future of the Balkans and we think mutual understanding can be promoted through better history teaching."
[6] http://forward.com/articles/133422/banned-textbook-offers-a-lesson-in-mideast-politic/
[7] http://www.chinadaily.com.cn/english/doc/2005-06/10/content_450083.htm
[8] http://www.foreignpolicy.com/articles/2006/01/04/asias_textbook_case

Friday, February 15, 2013

アウトライン2

プロジェクトの名前:教科ショータイム (本当の名前じゃないで〜す。)
自分の名前:ショーン オニール___________________

① どんな社会問題について取り上げますか。(何が問題なのか具体的に書き 
  なさい。)
  
学校の歴史教科書について討論したことについて取り上げたいのですから、何が問題だというと、歴史を書いたり子供に教えたりすることの難しいさを発表したいと思います。

② みなさんとその社会問題の関係、どうしてその問題に興味があるのか、どうしてその問題が大切なのかくわしく書いてください。
  
日本でもアメリカでも学校の教師として働いたことがあるから、どうして私とこの問題が関係があるというと、教科書についての討論に参加して、その討論が私に影響を与えたからです。しかし、教師の時、ずっと文学や言語学のようなことを教えていて、歴史教科書の討論に参加したことがあまりありません。今は歴史学部で勉強しているから、いつか歴史を教えるかもしれないし子供たちの為の歴史教科書を各興味があるしこのトピックを選びました。この問題が大切なのはこの世の物が分かる方法の主な一つは歴史でどのように子供達に歴史を教えるのがすごい影響を与えることだからです。


③ プロジェクトで作る作品で、日本語がわかる人にどんなメッセージを伝えたいですか。

伝えたいメッセージはまだ分からないけれども、メッセージより歴史教科書のせいで子も会っている教師がどうすればいいか考えて、発表したいです。そして、教科書の書きに対してどうすればいいか考えて、発表したいです。

④ 社会問題を解決するために日本語を使ってできることは何ですか。

歴史教科書のことは日本で熱心に討論されているから、3番に参照した教育学や教
科書の編集の方法は日本人の教師に役に立つだろうと思いますl

⑤伝えたいメッセージを伝えるためには、どんな方法がいいと思いますか。それはどうしてですか。
  方法

プレジーというプログラムのプレゼンテーションでメッセージを伝えるつもりです。

その方法を選んだ理由

選んだ理由は二つあります。まずは、プレジーで作ったプレゼンテーションがとても面白くて、伝えたいことは普通なプレゼンテーションよりはっきり通じると思います。それも、プレジーのプレゼンテーションを使うのは使ったことがないから、使ってみたいからです。


⑥ 作品のオリジナリティー(独創性)はどんなところにありますか。
 
上に書いた通り、プレジーのプレゼンテーションで面白い発表ができます。画像、動画、
アニメーションといったものがプレゼンテーションに入れやすいから、独創性のあるプレ
センテーションを作るのが簡単です。

⑦ 興味のある社会問題を解決するためにはどうしたらいいと思いますか。その問題を解決するためにみなさんにできることは何ですか。

3番に書いたけれども、こまっている教師がどうしたらいいかというと、教育学の方法や教科書の編集の方法をよく考えて、問題があったら、改定するべきです。

⑧ 構成の流れを書いてください。

まだ分かりませんが、日本の場合もアメリカの場合も発表したいし日本人に対象する発表
だし、最初は日本の歴史教科書に関する討論のケースをよく発表してから、 
アメリカのケースを発表して、相似や相違を描写すると思います。

Wednesday, February 6, 2013

しゃかかプロジェクトアウトライン①


しゃかかプロジェクト アウトライン①
締め切り:21日(金曜日)
グループリーダー:_ショーン オニール_______________
グループメンバー:_________________________

      どんな問題を取り上げようと思っていますか。できるだけ具体的に書いてください。
  
      取り上げようと思う問題は日本や外国での学校の歴史教科書の論争のこ     とについて発表したいです。もちろん、論争たちの特徴と違いを描くけれども、それより、共通点があるかどうか探してみます。

      どうしてその問題について考えたいのですか。

歴史教科書について考えたいのは簡単です。高校の教師も歴史学部に入った大学院生の生活したことがあって、この二つのすごい影響を受けた経験に関します。

      どんな人に作品(さくひん)を見て/聞いて/読んでもらいたいですか。

日本の学校で働いている前の同僚のような教師に読んでもらったら嬉しいです。

      作品(さくひん)を見た/聞いた/読んだ人たちに、何が一番(つた)えたいですか。

まだよく分からないけれども、学校の教師にとっては賛成していない教科書をどう使用したらいいかということについて述べたいです。それも、学校の教科書を書くために、政治家や教授だけではなく、学校の教師も書く過程に巻き込まれるべきだという意見も伝えたいと思います。

      作品(さくひん)を見た/聞いた/読んだ人たちが作品(さくひん)を見る/聞く/読むことで、どんなメリットがありますか。

日本人の学校の教師の場合、見たメリットは日本だけではなくどこでも学校の歴史教科書の元にされた論争があることを知らせられることによって、「しがたがない」という気持ちを捨てて、教師が歴史の問題を教えるのが怖がらないで、逆に歴史の問題や歴史家の方法を教える権限を与えられます。(権限を与えられる=英語の”empower”?)
  
      どんな作品を作ろうと思っていますか。(例:ビデオ、ラジオ番組、新聞記事、)どうしてその媒体を使おうと思っていますか。

まだ分からないけれども、授業で説明した「プレジー」というプログラムを作ろうと思います。なぜなら、使ったことがなくて、友達が進めたし、とてもきれいな面白い発表ができるからです。

      どうやってその問題について調べようと思っていますか。できるだけ具体的(ぐたいてき)書いてください。

この問題について調べるために、日本の新聞記事や先生が勧めていただいた本のようなものを使うと思います。